保育現場のICT化が進むなか、AIの活用も徐々に広がり始めています。
今回は、株式会社コドモン代表取締役の小池と AI戦略グループ マネージャーの葭本(よしもと)に話を聞きました。
グループ立ち上げの背景から、具体的な取り組み事例、そして「人類の子育ての知見を体系化したい」という壮大なビジョンにいたるまで、これからの「保育AI」活用への想いを話してもらいました。
ーこれまでの経歴を教えてください。
葭本:大学卒業後、ボストン・コンサルティング・グループに入社し、通信やインターネット業界を中心に約9年間コンサルティング業務に携わってきました。その後、AIベンチャーであるパークシャテクノロジーに転職し、事業開発担当としてさまざまなプロジェクトに関わりました。
ーどんなプロジェクトがあったのでしょうか?
葭本:パークシャテクノロジーでは40~50のプロジェクトに関わり、具体的に挙げるときりがないのですが、大手不動産会社向けに住所や階数・広さなどを入力すると中古販売の価格帯を予測できるモデルの開発、アパレル店舗での最適な値引きタイミングを予測するアルゴリズムの設計、金融業界のコールセンター業務効率化など、幅広い業種で多様なプロジェクトを担当させていただきました。ベネッセさんとAI StLikeという教育アプリを共同開発したりもしました。
また、ユニークな事例では、アイドルグループのイベントで販売される書籍の表紙を生成AIで作成したり、LINE上でとあるSNSインフルエンサーらしく相談に応えてくれるLINEボットをつくるといった案件も担当しました。
ーさまざまなプロジェクトに関わられていたんですね。そこから保育に関心を持たれた理由を教えてください。
葭本:保育への関心は、ビジネス的な視点というより、ただ「子どもが好き」というとても個人的な気持ちからでした。「子どもに関わる仕事がしたい」という思いが、保育分野への関心を持つきっかけでした。
ー保育士資格の取得を考えたこともあったそうですね。
葭本:はい、真剣に考えたことがあります。ただ、現実的には時間の制約などがハードルになってしまって。そんなとき、Forbes(フォーブス)に掲載されていた小池さんの対談記事を読み、コドモンの存在を知りました。
それまでは子どもに直接的に関わるサービスばかりをイメージしていたので、子どもの周りの環境を整備する事業もあることに気づけたのは、とても大きな転機でした。
ーその出会いから「AI戦略グループ」が立ち上がったのですね。AIを強化しようと思った背景を教えてください。
小池:大きく2つあります。ひとつは、AIを使うことでコドモンのプロダクトを進化させ、保育現場にとってより価値ある支援ができるようになる可能性を感じたこと。もうひとつは、従業員300人を超える組織規模となった今、全社的にAIをどう活かしていくか戦略を考える必要性が高まったからです。
全国の約35%の保育園で導入されているコドモンのプロダクトは、すでに「こども施設を支える基盤」としての役割を担い始めています。だからこそ、私たちは保育においてAIをどう活用するのか、保育士の専門性や現場の価値観に配慮しながら、AIの役割を丁寧に模索する責任があります。そのための議論をリードする専門チームの設置が必要だと感じました。
ー社内ではどんなAI活用事例があるのでしょうか?
葭本:まだ「まずはいろいろ試してみよう」という段階ですが、たとえば、「ChatGPT」で自分の代わりに企画書や稟議書をチェックしてくれるAIをつくっている人がいます。まず過去の文書などを読み込ませ、自分の思考をGPTに伝えて、それに従ってレビューしてもらう。確認業務が多く、多忙なマネージャーにとっては非常に便利です。
(自分の代わりに企画書をレビューしてくれるGPTを共有するマネージャー)
また、進行中のプロジェクトに途中から関わることになった場合に、関連資料をAIに要約してもらってそれまでの流れを把握するといった使い方もされています。ほかにもメール文面のたたき台をつくってもらったり、資料作成を補助してもらったりと、業務のサポートに役立っている実感がありますね。
ー保育現場におけるAI活用についてはいかがですか?
葭本:前職で接していた大企業には、業務の効率化に熱量が高い人が多かったんです。だからコドモンで働き始めて、保育の現場では「効率化」以上に「じっくり子どもと向き合いたい」という想いを持っている方が多いことに驚きました。
むやみに時間短縮を目指すのではなく、「しっかり時間をかけて、子どもたちの成長を支えたい」という先生たちの姿勢は、これまでのクライアントとは異なるものです。
小池:現場の保育者の方々へのアンケートでも、AIに対して「便利になりそう」「試してみたい」という声が多かったんです。ただし一方で、「保育士が考える余白をAIに奪われるのでは」という懸念もありました。
その点は私たちも強く共感していて、保育は「人の営み」だからこそ、保育士が子どもについて「考える時間」や「成長する機会」を奪ってはいけないと思っています。AIは、あくまで手段。主役は人だという考えを大切にしています。
葭本:「先生の考える力がAIに奪われるんじゃないか」といった懸念は、保育・教育業界に限らずよく耳にします。でも、使い方次第で、AIは「人の成長を促す存在」にもなれるんです。
OpenAIのデモ動画でもお父さんが、GPTに「息子が図形の問題に悩んでいる。答えを教えずにヒントを与えてあげてください」みたいなことを依頼しているシーンがありました。同様に「私が将来・中長期的に〇〇できるような人間になれるように、至らないところを教えてくれながら作業を進めてください」といった依頼もできるんですよね。
こういう使い方ってすごくおもしろいなと思います。世の中では、AIは効率化の文脈で語られがちですが、それだけじゃありません。こういった「人の成長を支える手段」としてのAI活用を、もっと広げていきたいですね。
ー今後、実現していきたいことを教えてください。
葭本:コドモンのミッションである「子どもを取り巻く環境をテクノロジーの力でよりよいものに」に尽きます。AIはそのためのひとつの手段でしかありません。今後ミッション達成のために、AIがベストでなければ違う手段を使うことももちろんあると思います。
またその先で、私たちが得た知見を、たとえば研究や論文などにまとめることで、業界全体をよくするためにみなさんに使っていただけたらよいなと思っています。
社内の話でいくと、国内でも有数のAI事例がある会社を目指したいです。たとえば、既存の業務プロセスを前提にAIを導入すると、どうしても都度、人のチェックが必要になります。でも、AIありきでゼロから考えれば、プロセス自体を変えることができるのではないかとも思うんです。そういった議論も、今後どんどんしていきたいですね。
小池:今、世界には約20億人の子どもがいるといわれています。子育てをしている人も、ものすごく多いです。でも、そのほとんどの人が、夜泣きやオムツ替え、離乳食づくり、登園しぶりといった同じような悩みを繰り返しているのに、体系化された知見は少ないように感じます。そろそろ人類として、子育ての知見をしっかり集約してもいいころじゃないかと思うんです。
もちろん、子どもは一人ひとり違うし、家庭環境も多様なので、一概に語ることはできません。ですが、AIを活用すれば、膨大な保育データの中から、悩みの共通項や傾向を可視化できる可能性があります。私たちは、数十万〜数百万という単位でデータを蓄積できる立場にあるからこそ、全国各地の施設から集まった子育ての知見を、安全な形で社会全体に還元していく意義があると信じています。この挑戦は、単なるビジネスの枠を超えて、次世代のための価値ある取り組みになると信じています。
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