「子育てしやすさNo.1プロジェクト」を推進し、デジタル行政・地域教育などの政策を積極的に展開している大阪府豊中市。長い歴史を持つ同市の聖ミカエル保育園は、こども家庭庁が実施する保育ICTラボ事業に参画、保育AIを子どもの「見取り」に活かす最先端の実証実験をスタートさせました。
保育知見に特化したAIは、聖ミカエル保育園の先生方にどのような発見をもたらしてくれたのでしょうか? 導入から約2か月が経過したタイミングで、聖ミカエル保育園の市原容子園長(写真中央右)、副主任を務める斎藤みち先生(写真左端)と廣瀨紗希先生(写真右端)、保育士歴3年目の垣内友希先生(写真中央左)にお話をうかがいました。
【まとめ】
・大阪府豊中市の聖ミカエル保育園が保育AIを活用した「見取り」の実証実験を開始
・保育AIの分析による視点の提供と「遊び」の実践を通じて、スピーディーに見取りができ、子どもに対する新しい視点をもらえた
・ICT導入で業務省力化が進んで時間に余裕が生まれ、会議の質と頻度が高まった
・保育AIの提案を有効に活かすためには、保育者のコミュニケーション能力が不可欠
―聖ミカエル保育園が保育の見取りに活かすために保育AIを導入してから3か月が経ちました。どのような変化や発見がありましたか。
市原:まず、保育AIを導入したことで、自分たちの保育を「言葉にして伝える」ことが増えました。これまでは職員同士で通じていればよかった事柄でも、外部の方からインタビューを受けたり、知見を共有する機会が増えたりしたことで、「私たちはこういう保育をしているんだな」「今まではここが言語化できていなかったな」と振り返ることができました。自分たちの保育を客観的に見直す機会が得られた、と言い換えてもいいかもしれません。
斎藤:私も保育AIの分析結果について職員同士で意見交換を重ねる中で、まだまだコミュニケーション面で詰めないといけないところがあったと気づかされましたね。それから、AIの分析を見て初めて「この子のこういう姿を私は見逃していたんだ」とハッと気づかされる場面もたくさんありました。
垣内:僕は保育AIでデータ化されることを意識するようになってから、記録の書き方がかなり変わりました。今までだったら自分や同僚の先生方が見たときに伝わればいい、くらいの気持ちだったのですが、データに起こしやすいような書き方、たとえば個人名をちゃんと入れたり、状況が伝わりやすいように文章を整理したりすることで、結果的にあとから自分が読み返しても「わかりやすい記録」になっていたんですね。そこは予想外の変化でした。
廣瀨:私も同じく、データ化のしやすさを考えて記録に名前などをきちんと明記するようになりましたね。それ以外にも、写真や記録を「とにかく多めに残す」ことを意識するようになりました。

―保育AIによる「見取り」の分析結果についてはいかがでしたか。
廣瀨:私は幼児クラス担当ではないため、普段はあまり他のクラスの子どもたちと関わる機会がないので、保育AIの分析結果を通じて「あの子、今はこんな成長をしているんだな」と知るきっかけになったのが嬉しかったです。
垣内:僕は保育AIが提案してくれる「遊び」が新鮮でしたね。秋なので、どんぐりを使った図鑑づくりを提案されて実際やってみました。そこから子どもたちの様子を見つつ、どんぐりでつくる「どんぐりカー」や「どんぐりケーキ」の工作をやってみたところ、子どもたちがすごく盛り上がって楽しんでくれました。普段、自分だけで考えた新しい遊びを提案するときは大丈夫かなと不安になるのですが、今回は自分としても「AIもこう提案してくれているんだから、やってみよう」と、ちょっと背中を押されるような感じがありましたね。
ただ、これは僕自身の課題でもあるのですが、AIの提案をそのまま受け入れなければと思い込み、視野が狭まった部分がありました。提案された遊び以外で、自分なりに発展させることができなかった。そこが反省点です。

市原:私は、保育AIの分析結果が「ポジティブな捉え方」をしてくれることが印象的でした。私たち保育士はどうしても子どもの気になる行動の方に目が向きがちになって、「どう支援しようか」「どう声をかけようか」と課題中心になってしまう。でもAIはその子が見せている意欲や興味のようなプラスの側面も拾い上げてくれるので、気持ちがラクになりました。
斎藤:私も保育AIの提案のおかげで、今までよりもスピーディーに見取りができるようになりましたし、新しい視点を教えてもらえたことが収穫でした。AIがある子どもが絵を描くときの色選びについて分析した結果を読んでから、実際にその子が描いた絵を見たら「確かに◯◯ちゃんのどんぐりの絵、他の子と違う独特の色使いをしている!」と驚かされました。多分、これまでだったら気に留めなかったはず。AIがもたらしてくれた視点がきっかけとなって、他の先生方とも会話が弾んだこともよかったです。
もうひとつ、AIの提案で子どもたちと「月見団子」づくりにも挑戦しました。でも最初は調理の大変さに気を取られて、「粉と水の変化を発見する」という本来の狙いを見落としてしまったんですね。そこで、後日に月見団子づくりに再度挑戦、狙いを意識して子どもたちを観察したところ、3歳児が思いの外上手に丸めていたり、いろんな大きさの団子をつくってみたりと、子どもたちが新しい発想を楽しむ姿を見ることができました。

(どんぐりを使った工作で、子どもたちが製作した「どんぐりカー」)
―では、逆に保育AIのここはもう少し改善してほしいと感じた部分は?
市原:レポートの語彙表現の難しさですね。「筆圧調整」「線描表現」のように普段はあまり使わない表現が出てくるので、「これってどういう意味?」と戸惑ってしまうことも。理解はできるけれども、読み解くのにひと手間かかってしまう。
垣内:たとえば、子どもたちが新聞紙で遊んでいる光景が、「新聞紙の落下観察」と表現されるなど、やや難しい表現になっている印象は僕も受けました。
斎藤:私たちの園では乳児クラスで野菜にふれて、その葉っぱを手でちぎる経験をするのですが、それがAIでは「小松菜ちぎり」と表現されて、芸術的活動や科学的関心でも「見取り」の可能性がある行為として解釈されていましたよね。
正直、私たちとしては「小松菜ちぎっただけでこんなに能力育つの?」とも感じたんですよ(笑)。でも会議でよくよく話し合ってみたら「なぜ葉っぱをちぎることを園で取り入れているか」の理由について、私たちはちゃんと話し合ったことがなかったことに気づいたんです。なんとなく感覚的に「いい経験のはず」としか捉えていなかったけど、「もしかしたら違う視点や可能性があるのかもね」と自分たちの保育についても考えさせられました。
市原:分析結果で「遊び」の提案が豊富だったことに比べて、「生活」の提案が少なかったことが気になりました。幼児クラスになると「遊び」の比重が大きくなりますが、やはり保育園ですから「生活」こそが土台ですし、私たちもそこに重きを置いていますから。
それからもうひとつ、子どもの行動だけに着目した保育AIの分析が、その内面の心情をどこまで正確に汲み取れるのか、という点には注意が必要かもしれません。
斎藤:確かに、写真からは子どもの心情までは読み取れませんから、前後に何が起きているかを確かめておくことも大切ですよね。その子がその場面で何を思っているのか、内面でどんな変化が起きているのかを知るためには、やはり人間がよく観察して推し量るしかありません。そこをしっかり観察するのも、私たち保育者に必要なスキルだと思います。

―10月末には保育ICTラボ事業の経験を他園の先生方とシェアする事例共有会でも発表されたそうですが、どのような気づきがありましたか。
市原:園によってICT導入状況や活用の程度はさまざまでしたが、参加者のみなさまからは「参考になった」「実際に導入した施設の声を聞けてよかった」というご意見をいただけました。会の最後には、みなさんから一言ずつ感想をいただいたのですが、そのときにおもしろかったのは、私たちの園のクラス会議の頻度を驚かれたことです。
うちの幼児クラスは月2回の会議を定期的に行っているのですが、それを話したら「えっ、そんなにできるんですか?」と本当に驚かれました。もともとは通常業務が終わったあとの、みんながなんとか集まれる時間帯にクラス会議をしていたのですが、コドモンを導入してからは業務の省力化が進んだおかげで今は午睡の時間に気軽にクラス会議ができるようになったんですね。話し合いの機会が増えたのは間違いないです。
斎藤:保育ドキュメンテーションの作成手順について「どうやってつくっているんですか?」といった質問も多かったです。「つくってみたいけれど時間がかかって、なかなか進まなくて」と悩んでいる方が多かったですね。
私たちの園はコドモンを導入してから3年が経っていますから、私や廣瀨先生はもう3年分の経験値があるんですね。だから、どんな視点で文章の中身を考えていくべきかのコツがだいたい掴めています。でもそれを新しく入ってきた人にどうすればスムーズに教えられるのか、という点はまだ悩みどころですね。そのあたりは園内で話し合いながら進めているところです。

―最後に、今後に向けてのさらなる期待をお聞かせください。
垣内:保育AIの力を借りるようになってから、日々の振り返り方が大きく変わりました。「このデータをAIに入れたら、どんな分析がされるだろう?」という期待が今はありますね。一方で、AIの提案をそのまま実践するだけでは保育者としての成長につながりづらいので、AIの視点と自分の経験をどう重ねていくかをこれからは意識していくつもりです。
廣瀨:私はデジタルは苦手分野なのですが、保育AIが提案してくれる分析結果を見ると「そんな遊びもあるんだ」と参考にすることが多かったので、それを実践しながら保育の幅を広げていけたらと思っています。
市原:保育AIの本格運用はまだいつになるのか未定とお聞きしていますが、ぜひ実現してほしいなと思っています。やはりAIの分析がたたき台としてあると、話し合いのポイントが明確になるんですよね。そうすると脇道に逸れることなく、話がゴールまで向かいやすい。今は保育の質の向上が盛んに叫ばれていますが、そのためには私たち自身の頭もアップデートしていかなければなりません。さまざまなICTの機能を上手く組み合わせることで、今までできなかったことをできるようになる。そんな未来を期待しています。
斎藤:今回の実証実験を通じて、私たちとしてはすでにたくさんの学びを得られています。どれも「すごいなぁ」と感心しますが、どれだけAIが出してくれる情報が優れていても、それを共有し、広げていくためには、結局のところ私たち保育者のコミュニケーション能力が不可欠であることも強く実感しました。自分たちの専門性とスキルを磨きながら、ICTのサポートを上手く組み合わせられる方法を引き続き探していきたいと思います。

■聖ミカエル保育園
事業種別:認可保育所
定員:48名
所在地:大阪府豊中市緑丘2-19-17
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