今回お話を聞いた方
私は兵庫県出身ですが、父の仕事の都合で4~6歳の約2年間をドイツで過ごしたため、日本の幼稚園と保育園、それからドイツの幼稚園の計3園に通う経験をしたんですね。幼いながらも「同じように子どもが集まる場所でも、国や園によって雰囲気や活動が全然違うんだな」と感じたことが保育に興味を持つ原点でした。
とりわけ言葉がまったく通じないまま飛び込んだドイツでの幼稚園生活は、保護者不在のお泊り行事やアンモナイトの化石掘りなどのイベントが新鮮で記憶に残っています。最初のうちは当然ながらドイツ語がさっぱりわからなかったので、「次はなにが起きるの?」という園生活でしたが(笑)、子どもの吸収力は流石でわりとすぐに現地の言葉を理解できるようになり、園にも馴染んでいましたね。
残念ながら2年後に帰国してからはドイツ語を使う機会がなくなってしまったため、今ではまったく話せませんが。
大人になって振り返ってみると、ドイツの幼稚園は子どもの自主性を重んじる価値観を大切にしていたように感じます。まだ幼稚園児であっても、自分でできることは自分でさせて、自立心を育てる。親元を離れてのお泊り会にもそのような目的があったのだと思います。
その後、小学2年生で帰国して以降はずっと日本ですが、3歳下の弟が保育園に通うようになったので、私も度々送迎や行事で弟の園に行くようになったんですね。そうしたら小さい子たちが小学生の私をおねえちゃん扱いして懐いてくれるのが嬉しくて。「保育園って楽しい場所だな」と強く感じた体験でした。
高校生のときです。弟が通っていた保育園で、母の勧めもあってボランティアのような形で夏休みの間だけ私がお手伝いをすることになったんですね。
最初は「子どもと遊べるなんてラッキー!」という単純な気持ちだけでしたが、実際に 働いてみると保育士の先生たちがどう動いているかも見えてくるようになりました。先生によって子どもからの人気が結構違うとか、園長先生がくるとちょっと空気がピリッと変わるんだなとか、そういう視点から保育園を捉え直す経験ができたおかげで、よりおもしろさを感じましたね。
そんな積み重ねを経て、「勉強するなら幼児教育がいい」という志望動機から、高校卒業後は山梨の短大に進学、卒業後はそのまま幼稚園に就職しました。
その後は結婚して24歳で第一子を、翌年に第二子を出産したため、しばらくは子育てに専念することに。でも、下の子が1歳を過ぎたあたりから「働きたい」という気持ちがムクムクと湧いてきたんですね。
近所のパン屋の早朝バイト、インターナショナルプリスクール勤務を経て、20代後半で認可保育園の保育士として復帰。そこからは約20年、保育の現場に立ち続けています。
私の場合は、大きく分けると3つのやりがいがあります。
1つ目は、子どもの「できた!」の瞬間に立ち会えること。ちょっと難しいことに挑戦して、うまくいかなくて悔しい思いをしながらも、応援されたり気持ちを立て直したりして、ようやく「できた!」ときの表情は格別で、その姿に私自身が大きな力をもらいます。
2つ目は、場の空気感をつくる楽しさです。例えば、運動会などのイベント本番って、やっぱり練習のときとは空気が全然違うんですよ。子どもたちの興奮の度合い、保育者たちの真剣さ、保護者の方々の熱気などが相互に影響し合ってパチッとハマると、「練習ではまったく跳び箱を跳べなかった子が、本番で突然高い段を跳べるようになった!」といった感動的なことが起きたりする。
その瞬間をつくるために、保育者としてはなにを意図して、どう行動すればいいか。場の空気をつくっていくために、保護者にどんなふうに意図や目的を丁寧に伝えればいいのか。そんなふうに逆算しながら種をまくようなプロセスにやりがいを感じます。
3つ目もそれに近いのですが、子ども・保護者・職員が一体感を持てたとき、成長の嬉しい瞬間を分かち合えたときもやはり嬉しいですね。
当園は体操に力を入れているのですが、年長クラスでは逆立ちで歩く「逆立ち歩き」を目標のひとつとして掲げています。逆立ちは運動神経に関係なく、実は日々の積み上げで練習すればどんな子もできるようになるからです。昨日も、前日までは5メートルくらいしか逆立ち歩きができなかった子が、今日になって突然コツをつかんで一気に10メートルも歩けるようになったばかりです。
周囲の子どもたちも「がんばれー!」と一生懸命応援するし、その子もできた瞬間はすごく誇らしげでした。さらに、夕方に迎えに来たお母さんに「10メートル」の札を見せたときは、子ども、お母さん、保育者の全員が大盛りあがりでした。そういう一体感は何度味わっても尊いですね。
挑戦し、試行錯誤して、達成感を得る。この繰り返しによって自己肯定感を育みながら、子どもは成長を遂げていきます。だからこそ、一番近くにいる私たち保育者は、子どもの可能性を決して低く見積もってしまわないように気をつけています。「この子なら、これくらいだろう」と勝手に上限を決めつけるようなことは絶対にしません。それが保育において私が一番大事にしていることです。
子どもたち一人ひとりの「やる気のスイッチ」をどう見つけ出すかです。興味の向く先、心に刺さるもの、モチベーションが継続する時間、どれも子どもによって違います。
「砂遊びが好き」といっても、砂の手触りが気持ちいい子もいれば、イメージ通りに造形できることにおもしろさを感じる子、友達を介してのやり取りに魅力を感じる子と、それぞれ好きのポイントが違うんです。
だからこそ、「今目の前にいるこの子には、どんな言葉やタイミングであれば届くかな」と観察しながらやる気のスイッチを探していく。大変だし難しいことではあるのですが、同時にすごくおもしろいところでもあります。
一言でいえば、チームづくりです。
保育士として現場に立っていた頃から、子ども一人ひとりの個性やクラス全体の空気感を大事にしてきました。園長になってからはさらに、「園全体がひとつのいいチームであるためにはどうすればいいか」を常に意識しながら行動しています。
個々の先生方のスキルアップや育成という意味では、主任や副主任にお願いしている部分が大きいのですが、それらを束ねてワンチームにするのは園長の役割です。そのためには、行事やカリキュラムの変更ひとつとっても、なぜそうするのか、どんな意味があるのかをパートの先生方も含めた職員一同でしっかりと共有することを大切にしています。
また保護者のみなさんにも、「何のために」の目的を共有しています。保護者の理解があってこそ、園全体がワンチームとなれます。
直接的に役立つわけではないですが、コーチング的な考え方が組織を運営していく上で参考になることも多いですね。それぞれに異なる性格の強みをどう活かしていけばいいのか、メンバー同士の違いをどう組み合わせて高め合っていくか、その人が行動できない理由はどこにあるのか……などを考える上で参考にしています。
昔から、人と人との違いについて考察することに人一倍興味がありましたから、今はほぼ趣味のような形で学んでいます。
園長として10年間、昔ながらの常識にとらわれず、自由な社風の中でさまざまなチャレンジをしてきました。その経験からわかったことは、保育士は「一生成長し続けられる職業」だということです。
子どもの可能性に上限はありません。だからこそ、子どもたちを成長させたいと願ったなら、まずは私たち保育士自身が成長し続ける必要があります。そこに、この仕事の大きなやりがいあると私は感じています。
保育士の仕事は、社会を背負っていく子どもたちの人生序盤の貴重な数年間を見守り、「生きる力」を育むことです。20年後、30年後の未来を創っていく存在を、ときに保護者よりも近くで見守り、育てる仕事。そう考えると、これほど社会的価値の高い仕事はないのではないでしょうか。
(文:阿部花恵、撮影:中村隆一、編集:コドモン編集部)
上原先生が働いている園
施設名:天才キッズクラブ楽学館仲池上園
形態:認可保育園(100名)
設立:2018年
所在地:東京都大田区仲池上1-25-4
※2025年8月28日時点の情報です
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