「いつも片手は空けておく」編集者から転身した園長が大切にする風通しのよい保育現場【齋藤美和園長先生】

すてきな園長先生 保育

今回お話を聞いた方

齋藤美和(園長)
出身地:東京都大田区
保育園勤務歴:20年
園長先生歴:7年目
趣味:最近一緒に暮らし始めた保護猫の「にゃんか」と「にゃんたん」を愛でること

結婚したら、お寺と保育園がついてきた

美和先生が保育の道へ進むことを決めたきっかけを教えてください。

大学卒業後は出版社で編集者として働いていました。2社目に勤めた小さな出版社の仕事はとりわけ楽しかったのですが、結婚を機に夫の家業である保育園に関わりながら、フリーランスのライターになりました。だから、結婚したらお寺と保育園とも出合った、という感じです。

でも、私自身は昔から子ども好きというわけでもなかったんですよ。3人きょうだいの末っ子でしたし、幼い子と触れ合う機会も少なかったので。義理の両親も無理強いしてくるようなことはなかったので、保育園の運営も「ちょっと手伝う程度でいいかな」という気持ちでいました。

そこから、本格的に運営に関わるようになるまでにどのような変化がありましたか。

実際に園で子どもたちと関わるようになったら、何もかも新鮮でおもしろいことばかりだったんです。子どもたちのストレートな行動や何気ない言葉にハッとさせられる瞬間がたくさんあるし、保育者たちも魅力的でした。住職である夫の父と、夫の母、それから夫も情熱をもって園を運営している。それなのに、私だけがいつまでもお手伝い感覚でいたら失礼ですよね。そこから、子育てをしながら勉強を始めて、保育士の資格を取得しました。

学校にも通わず、ゼロからの勉強は大変だったのでは?

大変でしたね。いざ勉強を始めてみたら「こんなに暗記することが大量にあるんだ!」と驚きました。でも保育における歴史上の人物を覚える分野は楽しかったです。私より先に合格した同じ職場のパートさんに勧められてアプリでも勉強するなどして、何度目かの受験でようやく合格できました。

美和先生のように出版業界から保育の世界へ飛び込む人は少ない印象を受けます。異業種出身であることが保育者としてのメリットになっている部分はありますか。

それが、私たちの園は私の他にも異業種出身者が複数いるんですよ。私と同じで前職が出版社の人もいれば、営業職だった人、劇団の元マネージャーもいます。だから、異業種であることのメリットというよりも、いろんなバックグラウンドを持つ人がいる状況は、いろいろな考え方を持ち寄ることができていいなとか感じています。仕事のやり方ひとつとっても、いろんな方法論や考え方がありますよね。多様な人が集まるからこそ生まれるものがありますから。

とはいえ、保育園に関わるようになって最初の頃は、保育一筋でこられた先生方に対し、コンプレックスを抱いていました。でも今から人生をやり直せるわけではないので、それならば「ずっと保育一筋でやってきた人」と「いろんな経験をしてきた人」の両方が幸せに働ける職場をつくっていきたい。そのために、園長として何ができるのか、ということはずっと考えています。

保育園 園長先生1

多忙な立場だからこそ「片手をあけておく」

美和先生が園長として日々、大切にしていることを教えてください。

「片手はいつもあけておく」ことを大切にしています。保育園ってやっぱり忙しいんですよ。事務仕事の量は年々増えているし、会議、監査、処遇改善と業務が常にたくさんある。私は幸いにも頼りになる職員たちのおかげで確認の役目に徹することができていますが、それでも園長でなければできない仕事もたくさんあります。

だからこそ、右手では常に自分の仕事をしながらも、左手はパーに開いて「空いてますよ~」という雰囲気を出しておく。「園長先生、忙しそうだから話したいことがあるけどやめておこう」とはならないように、「いつでも大丈夫だよ」の姿を見せることは常に心がけています。子どもや保育者が「今、話を聞いてほしい」となったときに、必ず対応できるようにしておきたいんです。

素敵なモットーですね。その実践には保育者の先生方の協力も不可欠だと思いますが、職員間のコミュニケーションで心がけていることはありますか。

私たちの園は「その人が呼ばれたい名前で呼ぶ」という形をとっています。私も「美和さん」と呼んでくださいね、と入園説明会でもお話ししています。その風潮が関係しているのかはわかりませんが、職員間でお互いを支え合える関係性はできているように思います。誰かが余裕がないときは、他の職員がさっと代わって対応したり、手伝ってくれたりする。

保育の現場は人と人が密に関わる仕事ですから、うっかりすると場の濃度が高いというか、空気が重くなって風通しが悪くなってしまうこともあるんですね。でも、大人だけの空間に子どもがひょいっと入ると、ふっと空気が軽くなることってあるじゃないですか?
それと同じように、私もサッと窓を開けて風通しをよくするような役目でいたいと思っています。

お互いを名前で呼びあうことで、「園長」「先生」という役割だけに縛られない意識が育まれるのでしょうか。

私のこれまでの人生で、プロフェッショナルではあるけれども、「役割」だけで生きてはいない人の、そこから滲み出した優しさや思いに助けられてきた経験があるから、そう考えるようになったのかもしれません。仕事って、やっぱり生き様みたいなものが出るんじゃないかなあと思います。だから、自分がどう生きるかも、私の場合はすべてが保育につながっていくと思っています。

もうひとつ、保育者や保護者に対して「お互い頑張ろうね」という気持ちが私の中にあることも大きいですね。これは私の昔からの性質なのですが、一方的に「それは違う」とたしなめられるようなことが嫌いなんですよ。

だから、自分が園長という立場になったからといって、保育者や保護者にそういう振る舞いは絶対にしたくない。「なぜそう思ったのか」を一緒に考えたいし、反対意見にこそ見落としていた視点があるはず、という気持ちで、できるだけ同じ目線で話を聞くように心がけています。

もちろん、「園長先生」としての役割を求められる場面もありますので、そのときは逃げずに、責任を持って園長として対応しているつもりです。

保育園 園長先生2

距離と角度を変えて子どもを見つめ続ける

子どもたちと接するときに意識されていることはありますか。

子どもと大人で接し方に違いはあまりありません。「この子はこうだから」と決めつけずに、目の前のその子自身を真剣に見ること。その上で、自分ひとりの考えで答えを出さずに、他の先生たちにも意見を聞くようにしています。

人によってその子の見え方も違ってきますし、個としてのその子、集団の中でのその子、それぞれに違いますよね。視点を固定化させず、近くで見たり遠くで見たりを繰り返しながら、その子のいろんな顔を見つけていきたい。いろんなレンズと角度で見て、それでもわからないと感じることがあっても、その「わからなさ」を楽しんでみよう。それくらいの心の余裕は持っていたいですね。

入園説明会で毎年お話しているのは、「子どもの心を中心に、親の心と、保育者の心も大切にする園でありたい」ということ。子どもたちが大切なのはもちろんですが、日々悩みながら子育てをしている保護者の方の気持ちを受け止めることも、保育園が担う役割の一部だと思っています。誰かに大切にされたいのは、子どもだけではないですから。

保護者を喜ばせる行事に力を入れるということではなく、普段の関わりの中で、保護者の方が素直に私たちに話をしてみようかなと思ってくれる。そんな関係づくりを心がけています。


(取材の日の給食。食パンには各々がチョコペンでイラストを描く。美和先生のパンには猫が)

保育園は人生観が磨かれる場所

最後に、未来の保育士を目指す若い世代へのメッセージをお願いします。

先日、亡くなった園の創設者でもある義理の父が、生前に考え抜いて決めた法人の理念が「いきいき」でした。「いきいき」ってよく聞く言葉ではありますが、「生きる」が語源なんですね。つまり、子どもも大人も、その人の命が生きている、そんな場所でありたい、という義父の祈りが込められているのだと私は思っています。本人は「絞り出して出た言葉だった」ととぼけていましたが(笑)。

保育は命を預かる大きな仕事です。だからこそ、「心から保育に携わりたい」と思える人に、ぜひ飛び込んでほしいですね。自分のことを大切にしてくれる保育園と出会えたら、きっと人生観が磨かれるはずです。

もちろん、仕事ですから適性もあるでしょう。すべての人にとって100%のユートピアな職場も、おそらくは存在しません。それでも不安や迷いを仲間たちと共有しながら、やりがいをもって取り組めるのが保育の仕事だと思っています。

私自身、思いがけない御縁で飛び込んだ世界でしたが、今ではこの仕事が大好きですし、一生続けていくつもりです。

(文:阿部花恵、撮影:中村隆一、編集:コドモン編集部)

美和先生が働いている園
施設名:しぜんの国保育園
形態:認可保育園(156名)
設立:1979年
所在地:東京都町田市忠生2-5-3

※2025年10月10日時点の情報です

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