今回お話を聞いた方
保育士を志した原点は、中学生のときの一日職場体験です。もともとこどもと遊ぶのが好きだったので保育園を選んだのですが、そこで出会った人見知りな子が、最初は打ち解けてくれなかったのに、夕方にバイバイするときは僕の足にぎゅっと抱きついてくれたんですね。そのときのことが強く印象に残っています。
その後、高校では野球漬けの毎日を送っていました。3年生になって進路を考えたときに、職場体験の記憶がふっと蘇って「保育園や幼稚園の先生って選択肢もあるかもしれないな」と考えたんですね。スポーツも好きでしたから、それならば幼児体育を学んでみようと思い立ち、地元の長野を離れて東京の専門学校に進みました。
はい。専門学校を卒業後は千葉県の幼稚園に7年間勤務しました。ただ、いざ飛び込んでみると想像以上の激務だったんですね。
男性保育者が少なかったこともあってか、送迎バスの運転から、芝刈り、ペンキ塗り、プールや体操の指導など、業務に追われる毎日でした。休憩は5分ほど、昼食をかきこんだら運転の準備をして、戻ったら片付けをして……とめまぐるしい日々でしたね。
こどもたちに囲まれての仕事は楽しかったですし、充実していたのですが、あまりの忙しさにさすがに参ってしまい、幼稚園を退職して食品や日用品の提供をする会社の配達員に転職しました。
園バスの送迎をしているときに、配達の人が道端に停車して休憩している姿をよく見かけたんですね。「休む時間があっていいな~」とそれがめちゃくちゃ羨ましかったんです(笑)。実際になってみたら、幼稚園教諭とは違うやりがいもありました。
でも、配達員になって2年が経った頃に、人の記憶に残る仕事がしたい、自分だからできる仕事をしたいと強く感じている自分に気づいたんですね。もう一度こどもと接する仕事に戻りたいと思えたので、千葉県内の病院内保育園に転職し、その後に2017年に認定NPO法人フローレンスに入職しました。園長になってからは5年目ですが、職場の働きやすさとしては今が一番です。

現在勤務している法人が掲げるシチズンシップ保育の理念とも重なりますが、こどもをひとりの人間として尊重することです。こどもたちは成長の過程で、自分と他の人の意見が違う場面に必ず遭遇します。ただ、気持ちはそれぞれに違って当たり前ですよね。園の生活のなかでその違いを理解し、話し合いながら自分と相手、どちらの気持ちも大切にしていく。そんな力を育むことを大切にしています。
その実践として、園では毎日みんなで話し合う「サークルタイム」という時間を設けています。当園では開園当初からオランダ発祥の「ピースフルスクールプログラム」を導入しており、建設的な議論を通じて自分たちで「決める」習慣を学ぶレッスンを行っています。
そう思われるかもしれませんが、サルやトラのパペットを使って行うレッスンなので小さい子でもすごくわかりやすいんですよ。
「サルくんがブロック遊びをしていたよ」
「そしたら自分も遊びたいトラくんがブロックを奪ってしまった」
「サルくんは今どんな気持ちかな?」
「トラくんはどうすればよかったかな?」
そんなふうにロールプレイを通して人形劇感覚で見せるので、コミュニケーションがぐんぐん上手になる4、5歳児ともなると、すごく真剣に考えてくれます。
自分が何を感じて、どうすればいいのか、自分の意思をちゃんと持つとはどういうことか。生きていく上で大切なそれらのことを幼児期から感じ取ってもらうことで、小学、中学、高校、それから大人になったときに役立てられるようにと思っています。

卒園後のこどもたちとも関係性がしっかり続いていることは、もしかするとその成果も関係あるかもしれません。わたしたちの園では昨年度から、卒園生を対象にしたお泊り会を実施しているのですが、今年は約40人もの小中学生が参加してくれました。一番遠い子は、韓国からわざわざ来てくれました。
今はそれぞれ別の学校に通っていて住む場所もバラバラだけど、年に一度ここに戻ってくるとあの頃の仲間と同じ雰囲気で会える。お泊り会ですから夕食のメニューも事前ミーティングでこどもたちが集まって、「今年は何にする?」とわたしたちと相談しながら決めるんですね。そういう自主性もここで育まれたもののひとつかもしれません。
なかなか難しいけれども意識していることとしては、一緒に働く保育者の心の余裕をつくることです。どれだけ質の高い教育プログラムであっても、保育者がその意図を理解し、実践することができなければ意味がありません。ですが、職員のみんなにきちんと余裕があり、笑い声が絶えない職場であれば、そこからは必ず「いい保育」が生まれていくはずです。
人手不足などの難しさはもちろんありますが、その余裕をつくり出すために副園長をはじめ、スタッフと相談しながら業務改善をしている最中です。
大きなところでは、行事の見直しです。7月の夏祭り、11月の芋掘り、12月のクリスマスパーティー、この3つ以外は当園では年間の固定行事はありません。行事をたくさん固定してしまうと、職員はどうしても準備に追われてしまうため、普段の保育に余裕がなくなってしまいますから。
職員間のミーティングは頻繁に行っていますので、他の行事に関しては毎年、こどもたちから出た意見と合わせて、みんなで相談しながら決めています。
職員からの提案はできる限り否定しないようにしています。こどもたちの自主性と同じくらい職員の自主性も大切にしたいので、本当は広い心で「いいね、全部やってみよう!」と言いたいです。もちろん、どうしても予算や調整の都合から実現できないこともありますが。
とはいえ、提案であればなんでもOKというわけでもありません。思いつきで考えた「このレジャー施設に行きたいのでこんな企画をやりたいです」という提案ではなく、その企画の目的はどこにあるのかをじっくり考えた上で、提案してもらえたらと思っています。そこは、職員にどうそれを伝えて育成していくかという、わたし自身の課題でもあるのですが。
ちなみに、わたしの愛読書は『覚悟の磨き方 超訳 吉田松陰』という一冊なのですが、園長という立場になって読むと本当にグサグサ刺さる内容なんですよ。リーダーシップの難しさについても学びが多いので、迷ったときは読み返しています。

こどもはもちろん、保護者にも全力で寄り添える。そんな保育園でありたいといつも思っています。今の保護者の方々はみなさん、仕事に子育てにと本当に頑張っているし、わたし自身も2人のこどもがいますからその大変さはよくわかるんですね。だから自分たちだけで子育てをしようなんて無理なことは思わなくていい。
こどもはこどもで集団生活でたくさんのことを学べますし、保護者は離れている時間があるからこそ愛情を注げる面もあるはずです。こどもと保護者が毎日心地よく通えて、卒園後もいつでも帰ってこられる、そして地域にもオープンに開かれている。そんな「居場所」であり続けたいと思っています。
保育の仕事は本当に楽しいですよ。一度は別の業界に転職して離れたわたしが、また戻ってくるくらい、やりがいがある仕事です。大変なことも多いですが、試行錯誤して悩んだ経験は、必ず自分の成長につながります。こどもや保護者に親身に寄り添って、応えてもらえたときの充実感は他の仕事では味わえないものですので、ぜひ一度、この世界に飛び込んでみてください。

(文:阿部花恵、撮影:中村隆一、編集:コドモン編集部)
白鳥先生が働いている園
施設名:みんなのみらいをつくる保育園 東雲
形態:認可保育園(50名)
設立:2017年
所在地:東京都江東区東雲2-1-22 キャッスルビル東雲2階・3階
※2025年9月11日時点の情報です
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