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建築業界から保育へ。「職員が一番」の働き方改革で目指す「園長のいらない保育園」【土橋一智園長先生】
今回お話を聞いた方
保育園勤務歴:18年
園長先生歴:16年
趣味:車とバイク。オフロードバイクのラリー大会にも出場し、怪我だらけで帰ってくることも。
建築会社の営業マンから保育業界へ
土橋先生は異業種のご出身だそうですね。保育の世界に入られた経緯を教えてください。
新卒で建築会社に入社してから14年間、さまざまな部署を渡り歩いてきました。企画の仕事をしていたときは、「ペットと一緒に住めるマンション」「子育てしやすい賃貸住宅」などの商品を考えて、土地をお持ちの方々に提案していましたし、最後の数年間は土地の有効活用を請け負う営業職を担当しました。
その一環として、当時の私は園舎の設計やコンサルティング業務を担っていたのですが、ちょうど自治体の土地を無償で貸与して保育園を建設する制度が盛んだったこともあり、他県から進出してくる法人さんの設計や事務局まわりを代行する仕事がどんどん増えていたんですね。その関連で数百か所の保育園を回るうちに、保育の世界そのものにも興味を持つようになりました。
そこから転身を決めたポイントは、どんなところだったのでしょうか。
建築や設計の部門にいたからこそ、保育業界が補助金事業であるがゆえに、一部の業者から都合よく利益の対象と見なされている側面を目の当たりにしたからでした。本来はそこまで単価がかかるはずのない建物なのに、「補助金が出るのだからいいでしょう」という姿勢で進めてしまう運営者が少なくなかった。
「それはやはり違う」と業界の方々に率直に伝えながら仕事をしていく中で、次第に保育業界の中で自分が力を発揮できる場所があるのではないか、と考えるようになりました。
そんななかで、当時の建築会社の社長が「それならちゃんと保育所をつくって勉強していこう」と社会福祉法人を設立したため、私も設立から携わることになりました。
保育士を経てではなく、社会福祉法人の運営側から園長に、という経緯だったのですね。
そうです。園長になるには2年間の実務経験が必要でしたから、まず法人の本部園で副園長を務めたあと、2年後の2010年に法人が現在の保育園を開園して、そこの園長に就任しました。

心身を壊した経験から「働き方改革」を決意
実際に保育の現場に入ってみて、どんなことを感じましたか。
最初に驚いたのは、一般企業での常識がまったく通用しないことでした。組織としての決まりごとが曖昧で、「子どものためならば何でも許される」という風土が当時はまだ強くありました。
もちろん、未経験だった私は勉強する立場でしたから、最初のうちは「自分を殺してここに合わせよう」と必死でした。副園長時代は、1日に16時間働いて、通勤に往復4時間かかるような生活でしたから。現在の園が開園して、園長に就任したあともしばらくはそんな状況でした。
でもそんな無理が続くわけがありません。やがて心身を完全に壊して出勤できなくなり、4か月間の休養を取らざるを得ませんでした。
ただ、そこで立ち止まったことが結果的にはよかった。復帰後はもう完全に開き直り、「うちの保育園の“常識”を世間の常識にしていく」と職員に宣言し、そこからは徹底的に働き方改革に着手しました。
具体的には、どのように変えていかれたのでしょうか。
それまでの保育業界は、「サービス残業はやる気の証」「有給はインフルエンザにかかったときのために取っておく」というような“常識”がまかり通っていたんですね。それらを全部ひっくり返して、「人生を残業で切り売りするな、持ち帰り仕事は禁止」「有給は100%使うこと」と全職員に伝えました。
普段の業務でも、「主任がまだ残っているから(部下の自分は)帰れない」という空気があったのですが、「自分の仕事が終わったら『お疲れさまでした』と言って帰ればいいんだよ」と根気強く伝えることを心がけました。
そうやって実際に変えてみてわかったのは、やはり無理に残業しなくても仕事は回ること。それから、職員自身もやっぱりそういう生活は嫌だった、と気づけたことです。それまでは一人あたり月40数時間あった残業時間が、今は月1〜2時間程度になりました。
そんなふうにトップダウン方式で働きやすい環境を整えていくうちに、気づけば退職者がみるみる減り、産休・育休からもほぼ100%の職員が復帰してくれるようになりました。
その上で、園長としての自分の立場も明確にしました。職員にとって一番大事なのは、子どもたちと保護者。そのかわり、園長は職員を一番大事にする。保育者が「自分たちは一番大事にされている」と思える環境でしっかり働いてもらえれば、それは必ず健やかな保育につながっていきますから。

子どもの「やりたい」から始まる保育と、異年齢の学び合い
では、園長として理想とする保育とは?
園で重視しているのは、主体性を育む保育と、異年齢保育の2つです。いい保育園を見学すると、子どもたちの「やりたい」「こう動きたい」という気持ちをちゃんと受け止めて、それを保育の活動にしているのが見て取れるんですね。
うちの園でも、今日は何をして遊んで、来週は何をするか、遠足に行く場所はどこにするかまで、子どもたちが話し合って決めるようにしています。子ども自身の興味・関心を意欲に変えていける保育環境をつくること。それが、私が考える「いい保育」です。
私たちはつい、大人が決めた活動を愚直にやる子を「いい子」と呼んだりしますが、その実態は「“大人にとっての”いい子」ではないでしょうか。「主体性を育む」ということは、その子の個性を尊重することでもあります。自分がやりたいこと、目指したいものに向かっていくための素地を、幼児期のうちにつくっていく。子どもたちにはそんな経験をしてほしいと思っています。
一人ひとりの興味に応える保育は、現場の保育者にとっては大変な面もありそうです。
みんなが同じ活動をする一斉保育であれば、昨年の記録を見て同じことをすれば間違いはありませんよね。それと比べると、一口に外遊びと言っても虫に興味を持った子にどうアプローチするか、咲いている花の匂いに興味を持った子の関心をどう広げるか、と個別に考えていく保育は確かに大変に思われるかもしれません。
でも、実際にそういう保育を始めてみると、保育者は楽しくて仕方がなくなるんですよ。子どもたちの成長がおもしろくておもしろくて、今日あったその子のエピソードを誰かに伝えたくなる。当園が開園からドキュメンテーションに取り組み、16年間それを続けていられるのも、それが大きな理由です。
さらに、その情報を保護者と共有することで、保護者と保育者は「預ける側・預かる側」というだけの関係ではなく、「真ん中に子どもを置き、その成長を喜び合う運命共同体」になれるんです。
当園で3・4・5歳児の異年齢保育をしている意図も、それと重なります。3歳児は少し上の4・5歳児がやっていることを「すごい!」と思い、憧れの力でどんどん興味や関心を伸ばしていく。それが後に「学習」という言葉に置き換われば、学び取りながら成長していく力につながります。
逆に5歳児たちは、自分が3歳のときに困っていたことや感じていた憧れを覚えているので、それを下の子たちに返してあげるんですね。お散歩のときも、5歳児が自然と車道側に移って3歳児と手をつなぐ光景が見られます。私たち保育者がそうしなさいと教えたことは一度もなく、子どもたちは自然と見て、真似て、学び取っているんですね。
目指すのは「園長のいらない保育園」
園長歴16年目とのことですが、土橋先生が変わらず大切にされていることはなんでしょうか。
「連携」です。異業種から来た私にとって、保育の仕事と一般的な仕事の最大の違いは「連携」の多さだと思っています。年齢が上がって担任が替わるときの連携、早番と遅番の保育者が引き継ぐときの連携、「ちょっとお手洗いに行くのでこの子をお願いします」というのも連携の一種です。これほど連携が求められる仕事はそうありません。
極論、プロとして連携が取れるならば、職員同士の仲は悪くても構わないと思っています。ただ、しっかり連携を取るためには、やはり関係性がよくないと現実的には難しい。あらゆる連携をスムーズにするために、誰もが率直に意見を言い合える、風通しのいい職場づくりを常に大事にしています。
私が面談のとき、職員に必ず言うのは「自分が楽しく仕事をするためにはどうしたらいいかを考えてね」ということです。保育は頭脳労働であり、肉体労働であり、感情労働でもあるという難しい職業ですが、当人が楽しくなければ意味がありませんから。
施設の外でも、さまざまな役職を務めているそうですね。
東京都民間保育協会の事務局長をはじめ、いくつかの団体で役員などを務めています。団体に属していると制度や政策に精通できるというメリットがありますが、そちらに偏りすぎてしまうと「事務局長としては優秀だけど、保育は語れない人」になってしまう。制度にも詳しく、保育もしっかり語れる。その両輪でいける園長であり続けることが、私の目標です。
もうひとつ、園長としての目標は、「園長のいらない保育園」をつくることです。園長がいなければ判断できない組織にはしたくない。予算や大きな決断は園長に相談するけれど、その前段階までは一定の権限の中で自分たちで判断できる。職員一人ひとりが自立して、組織の中できちんと機能していく。そんな保育園を今まさに目指している最中です。
最後に、保育士を目指している人、目指すか迷っている人へメッセージをお願いします。
最近は保育の仕事に対するネガティブキャンペーンのような報道が多いですよね。子どもが「保育士になりたい」と希望しても、親御さんが「やめておきなさい」と反対する状況もあるとも聞きます。
ただ、異業種から保育の世界に移った実感としては、保育ほどやりがいがある仕事を私は他に知りません。当園では小学生から高校生、大学生まで、職業体験を受け入れているのですが、実際に体験に来てくれた中学生が大人になって保育者として活躍していたり、卒園児が「私、保育の学校に入りました」と報告にきてくれたりするんですよ。だから、保育業界に少しでも興味があるならば、ぜひ見て、体験して、この仕事の素晴らしさを感じてほしいですね。
こんな素敵な仕事はないし、一生をかける価値は十分にある。その感動がずっとあるからこそ、私自身も園長として頑張れています。

(文:阿部花恵、撮影:中村隆一、編集:コドモン編集部)
土橋先生が働いている園
施設名:ハッピードリーム鶴間・ハッピードリームアネックス
形態:認可保育園(110名)・認可保育園分園(26名)
設立:2010年・2017年
所在地:東京都町田市南町田4-22-7・東京都町田市南町田4-16-31
※2026年7月6日時点の情報です
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