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たとえ反応がなくても、伝え続ける。子ども自身の「生きる力」を育む支援を【嶋津貴子さん】

療育のひと 児童発達支援・放課後等デイサービス発達支援

居場所づくりのボランティアから始まった療育への道

ー嶋津さんが、療育の世界を志したきっかけを教えてください。

大学のときに、ボランティア活動をして単位をもらう授業があったんです。どこに行こうか迷っていたときに、たまたま大学の掲示板で見つけた放課後等デイサービスの募集に応募したのが始まりでした。
当時の放課後等デイサービスは、今のように制度や環境が整っていたわけではありません。親御さんたちが手探りで『学校と家庭以外の子どもの居場所を』と運営しているような、アットホームな場所だったんです。

ー実際にボランティア活動をしてみていかがでしたか?

もともと子どもが好きで、「将来は子どもに関わる仕事に進めたらいいな」とぼんやり思っていました。しかし、実際に障がいのある子どもたちと深く関わったことで、「私の進むべき道はここだ」という気持ちがはっきりしました。大学卒業後は、障がいや発達について学ぶため、特別支援教育を専門とする大学院に進学しました。

その先で生きていくのは子どもたち自身。保護者支援を経て再び療育の現場へ

ー大学院を出てから、最初はどんな仕事をされたのですか?

まず児童発達支援センターで児童指導員として2年間勤務しました。その後、子ども家庭支援センターに転職し、6年ほど相談員として携わりました。そこでは主に虐待予防や家族へのケアなど、保護者支援をメインに行っていました。

ー子どもに向き合う仕事から、保護者支援へと移られたのですね。

子どもの環境を変えるためにも、保護者支援はとても重要だと思ってのことでした。ただ、支援を続けていくなかで、ふと「保護者へのアプローチで今の状況は変えられても、最終的には子ども自身の力で生きていかなきゃいけないんだよね」と思ったんです。

子どもの将来を長い目で考えたとき、子どもたち自身の「自立するための力」を引き出すサポートがやはり重要になってくるのではないか。そう思い至り、もう一度子どもに直接関わることができる療育の現場へ戻ることを決めました。長く児童福祉の分野で働き続け、自分のキャリアを積み重ねていくための足がかりとして、児発管を目指そうと考えたのも、このときでした。

児発管として、覚悟を決めてから

ー実際に児発管になられてみて、いかがでしたか。

実は、初めて先輩児発管の仕事を見たときは「とても私にはできない……! これは無理だな」と思って(笑)。というのも、児発管の仕事って本当に多岐にわたるんです。個別支援計画を作成して支援の方向性を考えるだけでなく、日々の保護者対応や現場の指導員の後方支援も行います。さらには事務作業やスタジオの運営業務まで、すべてを同時にこなしていかなければなりません。目の前の仕事の多さに、最初は圧倒されてしまいました。

でも、覚悟を決めて実際に児発管になってみると、自分がやりたかった子どもの自立を促す支援ができるので、日々楽しく、やりがいを感じています。

ー指導員だった頃とくらべて、なにか変化はありますか?

一番大きな違いは、最終的な支援の方向性を自分で決断し、責任を持つようになったことです。現場のスタッフだった頃は、保護者の方からなにかご相談をいただいたとき「一度、持ち帰って上司と相談しますね」と伝えることができました。でも今は、その判断を自分で行わなければなりません。

保護者の方からは「この子にこんなことができるようになってほしい」「運動会に向けてこれを練習してほしい」といった具合に、日々多くの要望をいただきます。その表面的な言葉だけをそのまま受け取って活動を決めるのではなく、一歩踏み込んで考えるのが児発管の役割です。

保護者の方のご要望の奥にある、「なぜそれができるようになりたいのか」「本当に困っていることはなにか」というニーズを探ること。そして、その思いと事業所として提供できる支援とを対話を通じてすり合わせていくことが、児発管という仕事の醍醐味です。

ー「対話を通じたすり合わせ」の具体的な例があれば知りたいです。

最近、印象的だったのは発語がなかなか見られなかったお子さんとの関わりです。そのお子さんは、他事業所も併用されていたのですが、どちらの事業所も「サインで要求を伝えられるようになる」ことを目標に発達支援を行っていました。

ですが、私たちは保護者の方とのお話の中で、サイン獲得の先に言葉の獲得につなげたいという目標をすり合わせていました。そこで、たとえ反応がなくても、目の前で起きていることやその子の心の動きを、私たちが常に言葉にして伝え続けるようにしたんです。たとえば、子どもが欲しいものがあるときに、本人が発語できなくても、繰り返し「『ちょうだい』だよ」と言葉でも伝え続けました。

すると、スタジオの療育時間の中ではなかなか言葉が出なかったのですが、あるときお母さまから「実は、家で言葉が出てきたんです!」と驚きの報告をいただきました。「言葉を伝えてくれていたのはみなさんだけ。言葉が出てきたのは、みなさんのあきらめない関わりのおかげです」と言っていただけたときは、すごく嬉しかったですね。

将来を見据え、その子に合った支援を模索する

ー嶋津さんが、児発管として大切にされていることを教えてください。

やはり、子どもたちが自立して、自らの力で生きていけるようになってほしい、ということです。私たちの事業所には、2歳頃から高校生まで、本当に幅広い年齢の子どもたちが通ってくれています。彼らと向き合うとき、私は常に未来の姿を想像するようにしています。「将来、この子が社会に出ていくにあたって、今どんな支援が必要なのか、どんな力を育てていくべきなのか」を、いつも考えているんです。

今この瞬間、事業所での「できた」ももちろん大切ですが、重要なのはそれがその先の人生にどうつながっていくか。今だけを見るのではなく、将来につながる支援を提供し続けること。そして、保護者の方とも未来のイメージを共有しながら、一緒に歩んでいくこと。そこは、私の中で大切にしていることですね。

ー将来につながる「子ども自身が生きる力」を実感された、具体的なエピソードはありますか?

小学校2年生から3年間、事業所に通ってくれている男の子がいます。入所当初の彼は、思い通りにいかないことがあると、その場から動けなくなってしまい、周りの言葉もまったく受け入れられなくなってしまう状態でした。このままだと将来、集団社会の中で彼自身が生きづらくなってしまうだろうなと、私たちも不安を感じていました。

そこで私たちは、「どうすれば彼が自分で気持ちを切り替えられるか」を模索し続けました。まずは本人が大好きな粘土を使って、一度心を落ち着かせてから次の活動に移る練習からスタート。できたときには「自分の力で気持ちを切り替えられたね、すごいね」とたくさん褒めて自信をつけていきました。

ーその子に合った気持ちの切り替え方を探されたのですね。

その後、徐々に物を使わなくても時間をかけて話し合うことで、気持ちを切り替えるような練習に移行していきました。今では嫌なことがあっても、しっかりと自分の言葉で相手に伝えることができるようになり、切り替えにかかる時間も驚くほど短くなりました。

保護者の方からも「家でも切り替えができるようになった」と感謝の言葉をいただきました。3年前の彼は、将来どうやって社会に出るかなかなかイメージしづらかったのですが、今の彼を見ていると、中学校や高校、その先を見据えても安心できる段階までこれたかな、と思っています。


(シールづくりゲームの最中。好きな昆虫を選んでハサミでカット)

スタッフが持つ、現場のリアルな感覚を大切に

ー一方で、児発管という仕事の難しさはどんなところでしょうか。

自分が直接子どもたちを支援するのではなく、現場のスタッフを育て、彼らを通して支援を形にする間接的な関わりならではの難しさがあります。

スタッフと接するときに心がけているのは、一方的にこちらの意見や計画を押し付けないことです。まずは「なぜその支援や活動を選んだのか」という意図を丁寧に聴きます。直接現場に入っていない分、スタッフが感じている「現場のリアルな感覚」を大切にしたいんです。

ー嶋津さんの事業所は、法人内でもっともスタッフの定着率が高いと聞きました。

おかげさまで長く働いてくれているスタッフが多く、ありがたいです。スタッフにはスタッフなりの意図や、子どもへの想いがあります。そこをしっかり聴いたうえで、私の持っている視点や児発管としての意見をすり合わせていく。そんな丁寧な対話の繰り返しが、結果としてお互いの信頼関係につながっていると感じています。

「現場が大好きだ」という人こそ、ぜひ児発管に挑戦してほしい

ー嶋津さんの今後の目標を教えてください。

まずは、スタッフの定着も含めた安定した運営をこれからも継続していくことです。そして、地域社会や学校、医療機関などの外部からも、深く信頼される事業所であり続けたいですね。

そのためにも、まずは支援の質をさらに高めるため、スタッフの育成や研修にこれまで以上に力を入れていきたいです。あわせて、保護者のみなさまとの関係づくりを地道に積み重ね、外部から「安心して任せられる」と言ってもらえる事業所でありたいです。

私たちがそのような存在であり続けることで、これまで大切にしてきた「子どもたちが自立して生きる力」を、これからも育み続けていきたいと考えています。

ー最後に、児発管になろうか悩んでいる現場の指導員のみなさんへ、メッセージをお願いします。

現場の支援者の中には、「児発管になると現場に入れなくなってしまう。自分は現場で子どもと関わることが好きなのに」と悩み、一歩を踏み出せないでいる方もたくさんいらっしゃると思います。その気持ちは、私にもよくわかります。

ですが、児発管として個別支援計画を作成することは、子どもの人生の先を見据え、その子のこれまでを見つめ直すことでもあります。直接その場で一緒に支援していなくても、自分の描いた計画が、スタッフの手によって支援として形になり、子どもが成長していく。それは、現場の一スタッフだった頃とはまた違うやりがいがあります。「現場が大好きだ」という人にこそ、ぜひ児発管に挑戦してほしいですね。

(撮影:櫻林栄吉、文・編集:コドモン編集部)

嶋津さんが働いている施設
施設名:スタジオそら幡ヶ谷
形態:児童発達支援、放課後等デイサービス(定員:1日10名)
設立:2018年
所在地:東京都渋谷区幡ヶ谷2-39-8 ビオライフハウス1F

※2026年4月22日時点の情報です

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